2013/04/29 Mon 00:00 YouTube動画 | 音楽 |
~ 忌野清志郎 - 君が代
URL http://www.youtube.com/watch?v=UwodtldRCuQ


こんばんは。GWは大嫌いなヘタリカです。
本日で2日経過しましたが地獄のような軟禁状態。
スーチーさんの苦労が痛いほどわかりました。
子供たちを連れて遊びに行きたい!って思います。

手足が麻痺していては何も出来ませんが・・・・。
来年こそは豪華ツアーで「ヤローどものメシ」を創ります。
少し元気になってきた・・・・・・・・・。

さて、本日は「昭和の日」なので「君が代」にしました。
未だに公式行事で「君が代斉唱」に対し、起立しない人がいるとか・・・。
表現の自由を盾にして反抗しているんです。
そんな方には片道切符で「アコガレの」北朝鮮に送ってやればよろしい。
表現の自由を北朝鮮で実践してほしいですね。

さて、「昭和の日」ですから、昭和天皇のこと。
ロックブログとしては長すぎて恐縮ですが、
天皇とマッカーサーの会談内容を一部抜粋でコピーします。
『日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります』

――弱ったのは通訳でした。その通り訳していいのか

――しかし陛下は続けました。

『しかしながら、罪なき八〇〇〇万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように』


天皇は、やれ軍閥が悪い、やれ財界が悪いと言う中で、一切の責任はこの私にあります、絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処せられても…と淡々として申された。
このような態度を見せられたのは、われらが天皇ただ一人であったのです。
陛下は我々を裏切らなかった。

マッカーサーは驚いて、スクッと立ち上がり、今度は陛下を抱くようにして座らせました。
そして部下に、「陛下は興奮しておいでのようだから、おコーヒーをさしあげるように」と。

マッカーサーは今度は一臣下のごとく、直立不動で陛下の前に立ち、
「天皇とはこのようなものでありましたか!天皇とはこのようなものでありましたか!私も、日本人に生まれたかったです。陛下、ご不自由でございましょう。私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい」
と。

陛下は、再びスクッと立たれ、涙をポロポロと流し、
「命をかけて、閣下のお袖にすがっておりまする。この私に何の望みがありましょうか。重ねて国民の衣食住の点のみにご高配を賜りますように」
と。

そののちマッカーサーは、陛下を玄関(ホール)まで伴い、見送ったのです。


皆様方、日本は八〇〇〇万人と言いました。
どう計算しても八〇〇〇万はおらなかったでしょう。
いかがです?
一億の民から朝鮮半島と台湾、樺太をはじめ、すべてを差し引いて、どうして八千万でしょうか。
じつは六六〇〇万人しかいなかったのです。
それをあえて、マッカーサーは、八〇〇〇万として食糧をごまかして取ってくれました。
つまりマッカーサーは、いわゆる、陛下のご人徳にふれたのです。
米国大統領からは、日本に一〇〇〇万の餓死者を出すべしと、マッカーサーに命令が来ておったのです。

ただ一言、マッカーサーは、
『陛下は磁石だ。私の心を吸いつけた』
と言いました。
これを人徳というか自分には判断できませんが、
一人の男として命を懸けた偉業であり、後世につたえられるべきものです。
このブログをお読みになった方で、昭和天皇のエピソードをごぞんじでしたら、
ご多用中申し訳ありませんが、コメントの形で教えてください。
日本ROCK
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